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5回にわたり、グノーブルの算数科・数学科の4名の先生による座談会を連載いたします。

 グノーブルでは、中学受験の算数、中学部の数学、大学受験の数学を指導するもの同士が密に連携し、一貫した方向性のもと、生徒一人ひとりに眼差しを向け、一人ひとりが真の力を培える支援をしていきます。高い次元での「算数・数学の連携」を確立するために私たちが行っていることについて、先生方による座談会の様子をお届けします。(本連載はグノレット14号掲載予定の「グノーブル 算数×数学講師座談会」の内容と同じ内容です。)

sanada眞田:算数に限ったことではありませんが、生徒たちが「面白い!」「挑戦したい!」と思えるように問題を提示することは大切なことです。受験問題をトレンドという言葉で括ることにはいささか疑問もありますが、明らかに出題傾向が高いとされる問題を、生徒たちが興味の持てる良問にアレンジし直して、それを授業の中でワクワクできる展開にしていく工夫、これが教える側にとっては腕の見せどころのひとつです。ただ、「大事な問題だから」と生徒に与えても、生徒たちの心の内側が動き出さなければ効果は薄いのです。

miura2三浦:生徒たちの心の内側が動き出す授業展開には、生徒たちをよく知っている必要があります。生徒たちの今の興味、今の実力に合ったものであることが前提です。中学受験の直前期には、当然、受験に必要な難しい問題もやらなくてはいけませんが、必要だからといって、まだその域に達していない生徒にこちらが一方的に押し付けてしまったのでは、ただ「教わる」だけになってしまい、算数好きになる契機を失ってしまいます。  また、授業時間は無限にあるわけではありませんが、その時間の中でも、自分でなんとか考えて答えを導き出せるような余地は残しておきたいと思っています。

纓田:生徒たちの課題や実力を正確に把握することが前提というのは、中学生や高校生にもあてはまることです。生徒たちのことをよく知っているからこそ、実力のちょっと上の問題が扱えます。生徒たちが「もうちょっとで分かる、解ける」という、「あと一歩」の微妙なさじ加減は、教える側の力量の問題です。

 生徒たちの手が止まってしまったときには、ヒントの与え方も大切になります。生徒たちが自分で「そうか!」と思えること、「自分で手を動かして考えた」と思えるような導き方が必要です。それをしないと考える力は身につきません。

 授業の解説を聞いて、その時は「分かった!」と思えても、それが自分の力にはなっていないということも少なくありません。生徒の理解度を私たちがしっかり見極めて、繰り返し学ぶ機会を用意していくことも必要です。深い理解を必要とするものは、中学1年生で1回考え、中学2年生でまた1回勉強する、そして中学3年生で復習をしながら深く学ぶ、といった長いスパンでの流れをつくっておくと、生徒たちの中に伏線が張られていき、学ぶべき学年でしっかり身につくと実感しています。

koshikawa越川:大学受験学年の場合は特に、解説を聞いて分かったと思える程度では、その思考の道筋を自分で再現できるレベルにはいけません。「なるほど」からさらに踏み込んで、「なぜこうするのか」という理屈が分かった上で勉強を進めることが大切です。

 日々の授業では、単に正しい解法をなぞる勉強に終始しないよう、「こうする理屈」を説明することに力を入れています。生徒一人ひとりが、必然の発想として、やっていることの意味を意識できるようにするのが目標です。問題選びにも十分に配慮しています。授業中にはテーマの明確な問題や汎用性のある問題を扱い、宿題にする問題では、同じ発想で再現できるような問題を意図的に選んでいます。高校数学は抽象的なことを多く扱うので、「なぜこうするのかが分からない、だから解けない」となってしまいがちです。根本理解の徹底こそが鍵です。

眞田:算数においても、問題選びは大切です。優秀な生徒たちを担当しているとつい、授業で扱う演習問題にも難しい問題ばかりを並べてしまいがちです。これでは、生徒によってはバツばかりつくことになります。ある程度の「できた感」「達成感」を得られないと、勉強に取り組む主体性のようなものが育まれません。

oda纓田:やはり、達成感を味わった経験があるから、次に向かう勇気も出るし、できたときの喜びを知っている生徒は、ときには頭がジリジリしながらも粘れると思います。緩急がとても大事だと思います。「できた感」と「もうちょっと感」、「自信がついた思い」と「悔しい気持ち」など、頭にも心にもいろんな経験を生徒たちに与えられる問題選びが理想かもしれません。

三浦:算数や数学の感動が味わえる問題も大切です。こちらが感じる算数的な面白さというのは、小学生にも同じレベルでちゃんと伝わるものです。ある問題の解法について、「すごい」とか「これは美しい」と私たち大人が感じるものは、生徒たちも同じように、ひょっとするともっと大きな感動を伴って実感できます。

 授業中に、「僕はこの問題に感動しました」と話すことがあります。問題の解き方とは直接関係はないかもしれませんが、僕が美しいと感じた問題には、生徒にもその理由を話すようにしています。大事なことは、私たち教える側がどれだけ算数や数学を「面白い」と感じる感性を保ち続けられるか、また、そんな問題に巡り合えるように探究し続けているかだと思います。私たちのそういう感性も、生徒にはしっかり伝わっているのだと思います。

纓田:自分が感動したり楽しんだりしていなければ、生徒たちに面白さを伝えることはできませんからね。むしろ、こちらが楽しいと思えることしか伝わらないのかもしれません。

眞田:教室にいるそれぞれの生徒たちが参加できる工夫も大事です。たとえば、速さの単元を学ぶときに、Aくんが歩いているところに、向こうから好意を寄せているB子さんがやって来たとか(笑)。生徒たちは「やだ〜!」などと言いながら笑いますが、そうした場面をときに織り交ぜていくだけでも、「いつ自分が登場するんだろう」と期待感を持って授業に臨めます。

 ヒントの出し方も大事です。生徒たちの表情を見て、「これはちょっと手に負えないかな」と感じたときは、つぶやくようにヒントを言ってみたり、黒板に問題解決のちょっとした糸口を書いてあげたりと。ストレートにヒントを与えてしまうと「自分で解いた感」がなくなってしまいます。本当にちょっとした気づきを与えるようなものでなくてはなりません。

 こうしたことが教室を盛り上げ、生徒たちが「面白い!」と感じられる授業に結びついていきますし、まさにそれがライブ授業の面白さ、楽しさなのです。

纓田:生徒たちが教室の中に座って、ただ解説を聞いて、板書をノートに写して、ということだけの繰り返しでは、参加しているとは言えません。それでは主体的に考えることをしなくなり、頭が活発に動き出すこともありません。一方的に必要事項を伝達する授業はいくら解説が巧みであっても、いい授業とはいえません。面白い授業は生徒たちを能動的にし、生徒たちの顔を自然に輝かせるものです。

 授業でよく生徒を当てて答えてもらいますが、それによって生徒たちも主体的に取り組めるからですし、教室にはほどよい緊張感が保てるからです。私たちと当てられた生徒のやりとりから、他の生徒も刺激を受けたり学べたりすることがあります。思わぬ応答から予定外の展開も起こります。これもライブ授業だからこそです。

 ある教育関係者の方が授業見学に来られたときに、「高校生が2時間以上にわたる授業で、ずっと集中しているのに驚きました」と言っていただいたことがありましたが、グノーブルの文化とも言える「楽しいライブ授業」は絶対に大切にしたいと思います。

越川:ただ、高校3年生になると大学受験が目と鼻の先なので、楽しいだけじゃなく、苦しいところもある、というのが率直な思いです(笑)。

 それでも、ひとつ言えることは、算数や数学を楽しんでやってきた生徒には粘り強さがある、という点です。考えることを厭わない、とも言えます。これは明らかに、算数や数学に主体性を持って取り組んできた人の大きな能力だと思います。逆に、受験学年になっても数学に苦手意識を持っている生徒の共通点は、「分からない」、「できない」という結論を出すのが早いことです。考える習慣が身についている生徒は常に粘り強く考え、何としても自分の力で答えを出そうという気概がある。この差は非常に大きいと思います。

④へつづく…

算数×数学講師座談会 出席者のご紹介

・眞田 素・・中学受験グノーブル教務本部長・算数科
・三浦 勇二・・大学受験グノーブル数学科・中学受験グノーブル算数科
・纓田 邦浩・・大学受験グノーブル数学科
・越川 将也・・大学受験グノーブル数学科